水からの伝言

今さらながら「水からの伝言」の話。
「水に綺麗な言葉をかけると綺麗な結晶が出来る」とかいう本で、これを道徳教育に使うことの是非がtwitterで話題になっていた。この本は科学的ではないというのが多くの人の意見であると思われる。私もそんな話はないと思う。ではこの本を道徳教育に使うことが良くないのは「自明」であるのかという話題で盛り上がっていた(と私は解釈した)。「科学的でないから」という意見が出ていたが、道徳教育では科学的ではない寓話もよく使われているので「科学的でない」ことを理由とするのは何かが欠けている。結論としては「道徳的ではない」からというのが一番しっくりと来る。人間には水が多く含まれているから綺麗な言葉を人間にも使いましょうでは道徳の話としては相応しくない。
水からの伝言」は科学ではないけれども、科学的であることは道徳教育に使って良いことの十分条件ではない。生物学が進歩して遺伝学的なことが多く解明されている。それを科学的に間違っていないからといって道徳の規範として良いかは別の問題であると思う。倫理学であるとかそういう領域に入ってくるのだと思うけど、果たして現在どうなっているのか私は知らない。それではまずいのだろうけど。